二刀流の名技に期待

上村文乃

 最近優れた日本の若手チェリストが続々現れているが、その中にあって、今回《近江の春》の〈前日祭〉と〈グランド・フィナーレ〉に出演する上村文乃は、実力は勿論のこと、活動の広がりの点でも刮目に値する逸材である。

 この〈前日祭〉の演奏会には“ショパンが聴いたショパン”という題が付され、さらに“ピリオド楽器使用”と注記されている。ピリオド楽器は直訳すれば時代楽器、過去の時代の楽器を指す。今日一般にチェロといえばモダン・チェロのことだが、実はチェロは歴史の中でその仕様や構造、奏法が大きく変遷し、当然響きも変化してきた。今回上村が弾くのはショパンの時代の楽器だ。共演のピアノの川口成彦が弾く楽器も現代のピアノではなく当時のフォルテピアノ。“ショパンが聴いたショパン”という題は、まさにショパンの時代のピリオド楽器で当時の響きを再現することを意味している。 

2020年「気軽にクラシック24 新しきチェロの煌めき」より  

  上村も当初は通常のモダン・チェロの奏者として出発したが、過去の作品の真の姿を求めて留学中にピリオド楽器を究め、今やモダンとピリオド両方の楽器の奏者として注目されている。実はこれは並大抵のことではない。上述のように楽器の仕様や奏法は時代によって違う。だからピリオド楽器を用いる時は一般のモダン・チェロとは弾き方を大きく変えなくてはならない。しかも一口にピリオドといっても、例えばバッハの時代とショパンの時代とでは異なり、それぞれ奏法と表現を使い分ける必要がある。上村はまさにそうした様々な時代の楽器を意のままに操ることができる名手で、ピリオド楽器を弾いてはその特性である細やかな表情付けを存分に生かし、モダン・チェロではたっぷりしたカンタービレや力強い表現を堪能させてくれる。彼女のそうした表現能力の広がりは瞠目すべきものがあり、今回も、〈前日祭〉でピリオド楽器、〈グランド・フィナーレ〉でモダン楽器を用いて、二刀流の名技を鮮やかに発揮してくれることだろう。

寺西基之(音楽評論家)