思いっきり楽しもう「近江の春」

「さようなら、故郷の家よ」と題された今年の「近江の春」びわ湖クラシック音楽祭。これはカタラーニのオペラ『ワリー』で歌われるアリアの題名にちなんだものですが、「春が訪れるたびにいつでも帰ることのできる家でありたい」という思いが込められました。

びわ湖ホール芸術監督でこの音楽祭を2018年の開始時からプロデュースしてきた沼尻竜典さんは、「ここでしか聴けないものを」というコンセプトに、自身が高校や大学時代に実行委員長を務めた学園祭の楽しさを、出演者も聴衆にも感じて欲しいと工夫を凝らして、これまで音楽祭を企画して きました。新型コロナウイルスの影響で、思い通りの開催がままならない状況が一昨年、昨年と続きましたが、今年はようやくオーケストラ公演が帰ってきます。

沼尻さんが京都市交響楽団を指揮するオープニングコンサート(4月30日11時開演・大ホール)は、沼尻さん自作のファンファーレで始まり、テーマになったアリア さようなら、故郷の家よ が、この音楽祭にとって、そしてびわ湖ホールにも欠かせない歌手である砂川涼子さんによって歌われます。このアリアは、愛する人と一緒になるために家を出る決意をした女性の歌。まさに別離の意味を 持つ「さようなら」という言葉が象徴的に使われました。

この「さようなら」という言葉から連想させられるように、総合プロデュースを担ってきた沼尻竜典さんは、今年度いっぱいでびわ湖ホール芸術監督を退任することが決まっています。儒教思想に基づく『法言』という中国の思想書に、「始め有るものは必ず終わり有り」という言葉がありますが、その一方で、「さようならはまた会うためのおまじない」という台詞が、アニメ映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』の中では発せられていました。別れがあってこその出会いが、世の中には沢山ある ことを願って、コンサートが数珠つなぎのように連なる「近江の春」を、この春は思いっきり楽しもうじゃないですか。

小味渕彦之(音楽評論家)