世にも不思議な「幻想交響曲」━━小味渕彦之

フランスの作曲家のエクトル・ベルリオーズ(1803-1869)は、今年が没後150年の記念年に当たります。「えっ?そんなに昔の人だったの!」と驚かれた方もいらっしゃるのではないでしょうか。生まれたのは1803年ですから、まさにベートーヴェンが「傑作の森」と呼ばれる黄金期を迎えようという時代でした。33歳の年の差はありましたが、ベルリオーズとベートーヴェンは確かに同じ時代を生きていたのです。
意外に思うのは、そのエキセントリックな作風のために、もう少し後の時代の作曲家のようなイメージを抱いているからです。《幻想交響曲》が書かれたのは、ベルリオーズが27歳となる1830年のこと。1827年にベートーヴェンが亡くなってから、わずか3年しか経っていません。物語に沿って書かれた標題音楽として知られています。「感受性が強く、想像力にあふれた若き芸術家が、恋の苦悩で阿片自殺を図る。彼は死に至らなかったかわりに、奇妙な夢を見る」という内容です。音楽の流れに身を任せると、次々に湧き上がるスペクタクルな響きが、この作品を聴く皆さまを異次元にお連れします。狂気のフィナーレに至るめくるめく道中をお楽しみに。
なお、こうした「標題(プログラム)」を描くために、恋の相手を表すメロディが「固定楽想」として、何度も形を変えて登場します。なかなかに革新的な新しい技法で、すでに大スターとして飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍していたフランツ・リストをも熱狂させました。
ベルリオーズは実体験に基づいてこの作品を書きました。人気女優だったハリエット・スミスソンに激しい恋心を抱いていた時の思い出をもとに、《幻想交響曲》は構想されます。その当時は見向きもされなかったのですが、実は1833年にベルリオーズは、夢が叶ってスミスソンと結婚することになります。しかし幻想の恋は、現実にはうまくいきませんでした。二人の生活は6年で破局を迎えてしまったそうです。
小味渕彦之(音楽学,音楽評論)
