ブラック・ユーモアもオペラになれば喜劇 ~プッチーニの名作『ジャンニ・スキッキ』~ 東条碩夫
死んだ大富豪の遺産をめぐる騒動、ご遺体を目の前にしながら親族たちは遺言状探し。だが、見つかった遺言状にはとんでもないことが書かれていた。では本人が生きていたことにして遺言状を書き換えてしまおうと提案した知恵者ジャンニ・スキッキは、みずから遺体とすり替わってベッドに入り・・・・。
こんな不気味な話も、いったんオペラとなれば、観客は苦笑、爆笑に引き込まれる喜劇となり、いっとき愉しめる物語になる。それがオペラ「ジャンニ・スキッキ」なのだ。
ストーリーは、こういう内容である。
遺産はすべて修道院に寄付する、という遺言状に、莫大な遺産を当てにしていた親族どもは落胆、激怒。相談を持ちかけられたスキッキは、奇想天外な解決策を提案。公証人を呼び、みずから大富豪の声色を使って、ベッドのカーテンの中から新しい遺言を口述しはじめた。ところがその「遺言」たるや・・・・。親族たちが怒って殴りかかっても、もう遅い。すべては悪知恵の豊富なジャンニ・スキッキの思い通りになってしまった━━。
このオペラは、もともとは『外套』『修道女アンジェリカ』と組み合わされた「3部作オペラ」のひとつで、第1作がホラー・ストーリー、第2部作が涙もの、という内容を受けてのコミカルな結末を狙っての作品なのだ。それゆえ音楽も軽快で、明るい。全員がセリフを話すように速いテンポで歌い、ドタバタ騒ぎの模様を愉しく描く。
いわゆるアリアのようなものは2曲しかないが、しかしそのうちの1曲が「わたしのお父さん」というアリエッタ(小型のアリア)で、あまりにも有名な歌である。そのメロディを聞けば、だれでも「ああ、これか」と思うだろう。これを歌うラウレッタ役のソプラノは、「いいとこ取り」の見本のようなものだ。
その甘く美しい旋律と「わたしのお父さん」というタイトルとにつられ、これを結婚式で歌うケースがあるようだが、実はこのアリエッタの歌詞は「お父さん、あの人との結婚をどうか認めてね。もし許してくれなかったら、わたし、河に身を投げて死んじゃうわよ」という、物騒な内容なのである。結婚式での余興としては、「愛の喜び」(注)ほど見当外れな歌ではないにせよ、いささか推奨できかねるものだろう。
オペラのラストシーンで、ジャンニ・スキッキは観客に向かい、「この一件のために、わしは地獄に落ちるでありましょう。ですが偉大な父ダンテに免じて、なにとぞお許しくださいますよう」と妙な挨拶をし、鮮やかに喜劇の幕を下ろす。このオペラは、先の2作とともに、ダンテの「神曲」にちなむ物語なのである。
(注)マルティーニ作曲の有名な歌曲。題名のイメージとは逆に「愛の喜びは露と消え、別れの悲しみは永久に続く」という歌詞が続く。
東条碩夫(音楽評論家)