ファイナル・コンサートから始まる、新芸術監督の射程 〜阪哲朗、梯剛之、モーツァルト〜

 「ファイナル・コンサート」つまり幕を下ろす演奏会には特別な感慨を抱くものです。「これで終わりなんだ」という気持ちとともに生まれるのは、「だからこそ聴かなくてはならない」という強い決意です。その必聴の演奏会に迫ってみましょう。

©尾方正成

 今年度からびわ湖ホールの芸術監督に就任した阪哲朗のもと、装いも新たに始まったびわ湖ホールの音楽祭『びわ湖の春 音楽祭』のテーマは「ウィーンの風」。その2日間を締めくくる「ファイナル・コンサート」には、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)の名作が2曲並びました。《ピアノ協奏曲第21番》と《交響曲第36番「リンツ」》という、どちらも明快なハ長調の明るく晴れやかな音楽です。ウィーンで書かれた前者と、ウィーンへ戻る途中で作曲した後者の粋な組み合わせ。

 「ピアノ協奏曲」の独奏者には梯剛之が迎えられます。高貴な雰囲気で描かれたこの音楽は、モーツァルトが29歳の1785年に書かれた作品です。ウィーンのブルク劇場で開かれたモーツァルト自身が主催した演奏会で発表されました。即興性にあふれた梯の演奏は、200数十年前に颯爽とウィーンの聴衆の前でピアノを奏でたモーツァルト自身の姿を彷彿とさせることでしょう。

 「リンツ」はザルツブルグからウィーンの自宅へと戻るモーツァルトが、帰路の途上で立ち寄ったまさに「リンツ」で書かれた音楽です。神々しい音の運びが、快活で流れるように綴られました。モーツァルトが27歳となった1783年の10月末から、わずか4日ないし5日間で完成されたと言われています。その感興に富んだ音楽が、阪哲朗が日本センチュリー交響楽団を指揮をすると、いかなる演奏になるのでしょうか。オペラを含め、これまでモーツァルトの様々な作品を手がけてきた阪ならではの表現が期待されます。

 実は阪さんが指揮する「リンツ」をコンサートで聴いたことがあります。それはそれは目眩く即興性を感じさせるもので、ワクワクと心ときめく体験でした。これを逃す手はないですよ。お楽しみに!

小味渕彦之(音楽評論家)